私たちは、人生において他人に尽くすことを後回しにすることができると考えがちですが、それは多くの人が犯す間違いです。そんなにうまくいかないのです。私が学生の時の同級生がそうでした。大学教授として教えている教え子たちもそうです。彼らはこんなふうに考えます。しばらくの間は自分自身の成功を目指してひたすら頑張ろう。「十分な財を成した」後に人生のギアチェンジをして、地元や家族に恩返しをするモードに入ろう──と。しかし、そういうことは(やろうとしたとしても)ほとんどの場合うまくいきません。
もっとお金を稼ぎたい、もっと事業を拡大したい、もっと製品を売りたい──。そうした欲求には終わりがありません。あなたの人生において最も最優先すべきだと信じていることがあるのに後回しにすることを1度でもやってしまうと、物事の優先順位を正しく戻すことはとても難しくなってしまいます。「これが最後」とずるずると同じことを繰り返してしまうのが人間の性(さが)なのです。
しかも、最も奉仕すべき人たち──それは家族です──は、常に成長し、常に変わっていきます。人生の終わり頃になって家族を大切にしようと決心しても、もう遅いのです。悲しいことに、ここぞというチャンスの多くはもはや過去のものとなっていて取り戻すことはできません。
— クリステンセン教授からの手紙:日経ビジネスオンライン
大人になることは、必ずしも人格の成熟を意味しているわけではない。
少なくとも私自身は、自分が成熟したというふうには考えていない。
人間の中味について言うなら、私の心根は、上野行きの都営バスに乗っていた高校生の頃とほとんど変わっていない。ただ、外見が五十男になっただけだ。
変わっているのは、人格ではない。
関係だ。
つまり、大人になったことで変わったのは私自身の内実ではなくて、外界なのだ。私と世界の関係が変質したから、私は大人として振る舞わざるを得なくなっている、と、これは、そういうスジのお話なのだ。
復興の物語が、単純なストーリーを紡ぐことができないのは、この度の災害が、単純な自然災害である以上に、文明史的な敗北だからだ。 われわれは、ゼロからではなく、マイナスから出発しなければならない。 — この「風評」の半減期はどのくらい?:日経ビジネスオンライン
買う側の論理(というよりも「感覚」だが)からすると、ハエがとまったケーキの商品価値はとりあえずゼロとして扱わざるを得ない。
「科学的」に考えれば、ハエが接触した部分を素早く除去すれば、害は無いのかもしれない。
でも、一瞬でも、たとえほんの一部でも、ハエがとまったケーキは、市井のスイーツ愛好者にとっては、商品価値を失う。商品価値というのは、そもそもそういう性質のものなのだ。
「実害のないものを恐れる態度は、間違った情報にまどわされる愚民の反応だ」
と、科学的に真であること以外を信じない冷静で冷徹で怜悧で賢明な有識者は、放射能が検出されたイカナゴのいた漁場から50キロのところで捕れた魚であっても、有害なレベルの放射能が検出されていないのであれば、まったく恐れることなく食べるのであろう。
この「風評」の半減期はどのくらい?:日経ビジネスオンライン -
阪神大震災や中越の地震は、復興可能な災害だった。だから、「がんばろう神戸」「がんばろう柏崎」は、結果的に、有効なスローガンとして機能した。事実、神戸は以前の輝きを取り戻している。中越の被災地も、新しい町づくりを果たしつつある。
でも、今回の震災は違う。
規模も違うが、質的な部分でも以前の地震とは大きく異なっている。
それ以上に、東日本大震災は、進行中の厄災だ。今現在でも壊れた原子炉が放射線物質を垂れ流し続けている。終息の目処も立っていない。それゆえ、「がんばろう」みたいな単純な言葉でモチベートすることは原理的にできない。土台無理な話なのだ。崩れた積み木なら積み直せば良い。でも、われわれの前にある瓦礫は、放射能を帯びている。安易に積み直すことは許されない。
おそらく、われわれは、まず過去を埋葬するための穴を掘るところからはじめなければならない。いずれにしても、何をするのかが決まらないとがんばることはできないし、何をやめるべきであるのかがわかるまでは、ゆっくりと休むことさえできない。
ランドマーク (Taken with instagram)
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「ガンダム」に一票。
5分ごとに、今自分が何をしているかつぶやいたり、どこかの店に入って「ここへ来ました」などと投稿したりすることが人生に必要になると、いったい誰が予想していただろう。 — あのときと違うネットバブルの足音が聞こえる:瀧口範子「シリコンバレー通信」
録画するとCMがスキップされるのはVTRのころからあった現象で、今に始まったことではない。CMカット機能をなくしても、視聴者がCMを見るようにはならない。いちいちCMをスキップする手間が増えるだけだ。本質的な問題は、リアルタイムで番組を流して見たくもないCMを無理やり見せるという民放のビジネスモデルがもう破綻していることなのだ。
デジタル技術のイノベーションによって古いビジネスが成り立たなくなる現象は、あらゆる産業で起こっている。音楽のネット配信によってCDが売れなくなったとき、日本の電機メーカーはレコード会社に遠慮してネット配信を制限し、アップルに敗れた。ユーザーを不便にして競争に勝つことはできない。変えなければならないのはDVRの仕様ではなく、民放のビジネスモデルである。
— 池田信夫 blog : 三菱電機とテレビ局の八百長 - ライブドアブログ
私自身は「オレは聞いていない」という発言あるいは怒号を聞くと反射的に「あんたには言っていない」と答えたい衝動に駆られます。
社会人になると「ほう・れん・そうが大切」という話を聞かされます。報告・連絡・相談のことです。
報告は上司あるいは責任者に対して行うもので、自分の報告相手は決まっています。報告相手は組織図における自分の上に位置する人であり、外資系企業なら「レポートライン」と呼んで、報告が適切でないと厳しい評価が下されることになります。
連絡はその件の関係者全員に対して行うもので、たとえば明日の会議の場所が変更となったとすれば、連絡すべき相手は会議参加者・関係者の全員となります。漏れなく正確に連絡しなければなりません。
ところが、相談だけは、自分で相手を選べるのです。
転職、結婚、離婚など人生の大きな転機に当たって、誰に相談するかを想像してみてください。人それぞれであって、最も参考となる意見をくれる人、相談しやすい人に相談するはずです。
これは、仕事の相談でも同様です。報告すべき相手、連絡すべき対象は案件によって決まりますが、相談する相手だけは自分で選べるのです。